何を描かないか(コラム)

更新日:2023年03月25日

千住博さんの著書に「絵を描く喜び」というものがあります。

その著書の第1章は「何を描かないか」から始まります。

この始まりに読者は衝撃を受けると思います。著書には「絵を描くこと」について説明されているという期待を見事に裏切ってくれるからです。

あれもこれも描きたいという足し算で絵を描いていくと、結局何を描きたかったのかがわからなくなり、凡庸なものになってしまうことがよくあるそうです。また自分が評価されたいと思って、Aさんの考えやBさんのやり方を取り入れようとしても最終的には凡庸なものになるそうです。

千住さんは、捨てて捨てて捨てて、どうしても捨て去れなかったもの、それがその作家の文脈となり、人に勇気と希望を与えるような作品ができると述べています。

千住博さんはなぜそのように述べているのでしょうか?

以下の千住さんの言葉がヒントになると思います。

「絵はそもそも何かの答えではなく、問いかけなのです。」
「結局芸術とは答えの返ってこない永遠に向かう問いかけのようなものです。」
「だからこそそこにはすべてを越えた人類の共通の姿が出てくるのです。」

世界は無限に広がっています。そこから一つずつ「何を描かないか」ということ考え、判断し、選択していく。それは有限な人間の無限の世界に対する無謀とも言える挑戦です。考えて考えて考え抜いた結果、最後にどうしても残ったものを描くということは、その背景には答えのでない問いに作家が「問い続ける」苦悩や苦労があります。

私たちは絵を通してその作家の問い続け、考え続け、苦悩する姿を想像するからこそ、普遍的な価値を感じ、感動を覚えます。

このことは教育の世界にも通じるところがあるかもしれません。

教員は、まず「何を教えるか」ということを考え、「あれもこれも教えたい」という気持ちになりがちです。

一方で、まずは「何を教えないか」ということを考えて、どうしても捨て去ることができなかった「これだけはどうしても伝えたいこと」を問い続けることが、大切なのだと思います。