学校案内
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2022年4月11日
高倉先生を悼む
校長 倉田眉貴子
3月16日、本校教頭の高倉先生が急逝なさいました。16日早朝、電話で連絡をもらった時はあまりの驚きで「ええっ!」と言ったきり後が続きませんでした。
それと言うのも亡くなる前日の朝、確りしたお声で私と話をしていたのです。14日に退院したばかりで、4月には職場復帰する予定でした。
休職中にはほぼ毎朝、私とスラッグで連絡を取っていたのですが、退院した14日に応答がなかったので電話を掛けました。と言うのはその日の午前中に今年香川県があたっている「四国地区私学教育研修会」の段取りを確認するために私立中学・高等学校連合会事務局の田窪先生が本校に見えることになっていたのです。
この研修会は本校が会場校になっていて、香川県の全私学が協力して当たります。そのため入院するまでは高倉先生が総指揮を執っていました。ですから田窪先生は高倉先生の入院が続いて、とても心配になったのだと思います。
この日は研究授業の教室配置、懇親会をするかどうか、夕食会の時に何時も行うパフォーマンスを今年も行うかどうか、コロナを考慮して決める予定でした。
高倉先生はこの研修会の実施計画に初めからかかわっていたので思い入れも深く、私が「仕事は他の人に任せて療養に専念してください」と言っても「何も仕事をしないと逆にストレスがたまります。できることはさせてください」と言ってあれこれ考えて段取りをしてくれていました。校内の会議にも何回かリモートで参加していたのですが、この日私が電話で「リモートで会議に加わりますか?」と尋ねると「ここはWⅰFⅰの環境が悪いので、今人を呼んでいます。午後からなら入れると思いますが」と言う返事でした。
しかし田窪先生には午後からもご予定があったので、高倉先生には翌日会議の結果をお知らせすることにしました。この一連のやり取りは元気なお声でてきぱきとなさったのですが、その後急変したそうで、ご自分でもまさか亡くなるとは思っていなかったのではないでしょうか。とても残念です。
先生は38年間大手前に勤められ、学校や生徒たちのために誠心誠意尽くし、若い教員の相談に親身に乗り、教頭として私のサポートをして学校全体の運営がスムーズに進むよう心を砕いてくれていました。
亡くなり方があまりに急で、まだどこからかにこやかなお顔で「お早うございます。〇〇のことですが」などと言いながら現れるような気がします。もういないんだ、と気が付いて本当に寂しくなります。どうぞ安らかにお眠りください。
合掌。